2010年1月27日水曜日

シェーファー湖、真冬

昨日のU8フランツ・ノイマン・プラッツ駅の
駅名サブタイトルは「シェーファー湖畔」。
湖が本当に出てすぐのところにある。
 
実はクリスマスの写真を集めていたとき、
通りかかったベルリン大聖堂横の川は
凍っていたように見えた
(バスの中からだったので不確か)。
そんなわけで、今はもう確実に凍っているだろう
と期待しつつ、近くの湖へ、
で、ここに来た。
 
見事に凍っていて、
↑の通りスケートしている人もチラホラと。
自分も上に乗って、
ちょっとやそっとじゃ割れないくらい
厚く氷が張っていることを確かめてきた。
----------
そして今夜はこの冬最高の寒さになるらしい。
何でも-20℃まで下がるとか。
そして、それでもこれからさらに寒くなる
可能性もあるのだとか。
ああ、部屋がちっとも暖まらない‥。

2010年1月26日火曜日

U8と自然装飾と

U8北部のいくつかの駅から。
U8ってどこよって人は、
アレクサンダープラッツかゲズントブルネンを
まず探して、そこから北へ北へ。
 
まずはリンダウアー・アレー駅。

 
次はレジデンツシュトラーセ駅。
ここは壁にも鉛筆画を壁に書いたような
何やらが書いてあった(後ろに一部が写っているやつ)。
こういうのを見ると、ヨーロッパの街とか彫刻とか、
そういうものはごく基本的な単純な線で
輪郭が描けてしまうのだと分かる。
 
最後にフランツ・ノイマン・プラッツ駅。

昨日の市役所の前

208だそうです。

2010年1月25日月曜日

法定解禁日曜日

今日は日曜だが、店の営業可の日だった。
近所のスーパーでは、こうした日曜には
全商品10%オフになるので、
それはもちろん行って来た。
1.99ユーロの品物でも-0.19ユーロ計算ではなく、
-0.2ユーロで計算をしてくれるところは面白い。
さすが。

ラートハウス・ライニケンドルフ


久しぶりに建物を。
ライニケンドルフの地域管轄。
駅から出たら見事に殺風景な建物が広がっていたが、
横に回ったら、そこそこ。
 
もうホッキョクグマの仲間にしか見えない。
‥というくらい寒かった。
温度はどれくらいだったのだろう。
横に回ってここに戻ってくるだけで、
耳がもうやばいんじゃないかと
思えてくるくらい寒かった。

2010年1月24日日曜日

年に一度のアプレーズンク

今日はアプレーズンクの日だった。
「アプレーズンク」とは「読み取り」。
何を読み取るのかと言うと目盛り。
何の目盛りかと言うと水道・温水・ヒーターの。
 
家賃にはあらかじめいくらかの水料金が含まれている。
で、それを実際の使用量と比べて、
少なく使っていたらお金が戻ってくるし、
多く使っていたら追加で振り込むという仕組み。
日本だと月ごとか、水道は2ヶ月おきだったかで
通知が来ると思うが、
ドイツではそれを年に一度で挙行する。
 
ヒーターの目盛りはもちろん、
水道・温水の目盛りを示すメーターも
室内にあるので、
業者の人が室内に入って読み取る形となる。
そのため、
1.準備。
具体的には掃除である。
別に汚くしていたからといって
大家さんに連絡が行くとかそういうことはない
(はずだ)が、それはそれで恥ずかしいので。
大体この日の前が大掃除の日となる。
が、これはあくまで自分の話。
日ごろからきちんと掃除をするドイツ人は
特に慌てることもなくこの日を迎えるって話だ。
今日の朝からあちこちで掃除機がかけられている
音が聞こえていたが、気のせいだろう。
 
自分は室内でスリッパで過ごしているのだが、
やってくるドイツ人はもちろん土足である。
例年、それ用に室内に新聞を敷き詰めるという
対策をしていたものだった。
(そして去年とかは、新聞を敷き詰めちゃえば
汚れとか見えなくね?→掃除しなくて良くね?
‥となり掃除さえサボった)
今年は掃除はしたが新聞はもう敷き詰めなかった。
新聞は手元に十分あったが、
なんだろう、自分の家の床をもはや
そこまで信用しなくなったというか。
もうここは半分土足区域みたいな
感覚になっていたので。
 
2.待機
今回は朝の10時から12時の間に来るとのことだった。
あらかじめ日時の通知がポストに来る。
一階の掲示板みたいなところにも張り出される。
で、大体2時間くらいで
アパート全ての部屋を回るのも例年通り。
だが、上述の通り、室内に入ってもらうので、
その時間、部屋に居なくてはならない。
例外的に人との接触を避けて過ごしている隣人は
その時間の直前に家を出ていたが‥。
ともあれ。
その時間の間に確かに来る。
今まで早かったこともなければ遅かったこともない。
が、時間内の何時に来るかはやはり不確定なので、
待っている間は何となくソワソワしてしまう。
 
アプレーズンク自体はサクサクと終わる。
そして向こうの人から伝票をもらい、
サインをして、終了。
 
こうして、後は、来月か再来月あたりに
大家さんから「アプレヒヌング=控除」という
通知が来て、まあ、そこには
色々な細かい計算がずらり並べられているものだが、
重要なのは自分がお金をもらう方なのか
払うほうなのか、である。
自分はこれまでもらう方だったので、
向こうが振り込んでくれるだけ、
つまり自分は何もしなくて良かったが、
多分今回は払う方だろう。
今年は寒かったから。
まあ、そもそももらう方ってのは
かなり稀なケースだと聞く。
普通の生活をしていればむしろ払う側に
なるような設定になっているものらしいので。
 
あ、ちなみに今日の気温は
-12℃まで下がっていましたとさ。
自分が確認した昼ごろは-11℃だった。
今日は太陽が出て、
日差しもだいぶ眩しかったのだが、
気温とは大して関係ないらしい。

2010年1月23日土曜日

雪と砂の話の続き

雪は止んだ。
気温も一時的に上がり、
その時に雪は溶けた。
が、またここのところ寒くなって、
-7℃とか-8℃とか。
その結果、溶けた雪がまた凍り、
↑これが氷状、ブロック状と前に言ったやつ。
こうやって道の端っこのところに積み上げられる。
 
雪が完全に溶けたところには、
こうして砂粒が残る。
お店の前とかだと、きれいに掃いてあったりするが、
大学(近所の工科大)の付近は
まだそんなことはされていなかった。
 
固まった雪、 ここの下もアイス状になっているが、
上に撒いてある砂のおかげでまず滑らない。
 
さて、そこから駅へ向かおうとして、
近道の小道へ入ったが、
ここは砂が撒かれていなかった。
下はアイス状でツルツル。
とてもいい比較になった。
工科大の人たちは駅との行き来に
必ずこの道を使うところなのだけど、
さすがにこういった狭い道までは
カバーできなかったようで。

2010年1月22日金曜日

パピーノ

パピーノの実と言うのかもしれない。
ドイツ語だとただPapinoで売られていた。
  広告の写真、あるいはちょっと調べてみると、
白っぽい丸い実に紫みたいな筋が入っている、
バニラアイスにブルーベリーのシロップをかけたような
感じの形をしているのだけど、
売られていたのはいずれも↑のような
レモンを一回り大きくしたような形のものだった。
 
半分に切って、
そのまま食べられる。
 
味は、パッケージに書いてあった説明通りの
メロン+梨。まあ、美味しくはあった。
ただこれ1個で3ユーロするので、
それに見合ったものであるかはちょっと疑問。
メロンだったら大体この半額以下で1個手に入るし、
梨ならそれ以下の値段であるし。
前日の食べ残しがあって、
今日は特に何も買出しに行かなくても済むなあ、
とか、そういう機会でないと、
自分はちょっと買わなかったと思う。
まあ、試しにっていうか、
ネタにっていうか、そんな感じ。

2010年1月21日木曜日

ベルリンで物を買う時の「ライン」

ベルリンでは安すぎる物には注意が必要である。
纏め売りされている物がばら売りされている時より
安くなるとは限らないという地域でもあるくらいなので、
極端に安いもの・安くなったものには裏がありがち。
 
ある程度暮らしていると、
物の値段の相場というか、
安くなったときの値段というか、
そういうものが何となく分かるようになる。
定価の段階ですでにそのラインを切っているものは
かなりやばい。
今回はその「ライン」の話。
 
例えば前のシェーバーの話。
ポケットシェーバーの25ユーロがラインである。
それより安い物はやはり質がかなり悪い。
それでも使えないってことはないだろう、
というのは多分日本から自分が持ち込んだ感覚。
「ライン」を切ると使用に支障をきたすくらいである。
 

これは電池。
左側がフリーマーケットとかで良く出回る
16本で2ユーロのマンガン。
これは本当に使えない。
乾電池式のシェーバーに入れると、
スイッチ入れた瞬間からすでにエネルギー切れ状態。
1回の髭剃りで電池切れ。
CDプレーヤーに入れては
こちらも最初っからバッテリー切れのランプが点滅。
40分くらいのCDを最後まで聞けない。
そんな電池、どこに使えるんだ、というと、
小型の鼻毛カッターくらい。
一方、右側のはスーパーで売られている
8本2ユーロのアルカリ。
これになるとかなり満足度の高いパワーを発揮する。
したがって「ライン」はこの両者の間にある。
 
テレビの受像器。
前は39ユーロのやつを使っていた。
そしてこれは保証が切れる1年ごとにきっちり
内部の熱を持つ導線がやられるという代物だった
(その都度メーカーを代え何台かで実証)。
あるとき39ユーロのものが売り切れており、
色々事情があって49ユーロのものにした。
しなければならなかった。
すると、これはそれ以来安定した働きをしており、
現在も鋭意稼働中である。
両者の間にラインがあったわけだ。
 
こっちに来たばかりのころ、
テレビはリスニング力を付けるのに必須って話を聞き、
だったら字幕も出て、反復もきくDVDプレーヤーなんか
あるといいんじゃないかと思って、買った。
値段は忘れたが、店頭で手に入る分には最低価格のもの。
これは読み込みが悪い、再生時の音もうるさい、
と、さすがにあまりよろしくない。
が、上位器を買っていないため比較ができない。
とりあえず、自分のはラインを切っていることだけは明らか。
 
この話は電気機器だけのものではもちろんない。
衣類でいえば、19ユーロで買ったコートは
すぐに中の羽毛が出てくるようになったし、
安い長袖シャツはわきに穴が開いた。
どちらも1シーズン過ごせればいい、
くらいのものなのだろう。
その後コートは39ユーロのものを買ったが、
これはかなり頑丈。
薄いのに暖かく、軽い。
 
食品で言うとジャムかな。
安い物はすぐにカビが発生する。
まあ、これはすぐ使い切れば問題ない程度。
生鮮食品もやはり安い物は日持ちしないように思うが、
生鮮食品はそこまで極端に値落ちしないので、
大して参考にはならないかも。
 
あと自分個人としては、
やはりノートおよびペンを沢山使う学生であるゆえ、
その辺のラインも結構知っておかねばならない。
ノートの紙質、これは安い物は本当に悪い。
結局メモ・走り書き専用に回したものもあった。
走り書きのペンが走らないというものではあったが。

自分は高校生の時からすでにノートはペンでとっていて、
したがって黒ペンはかなりいっぱい使うのだが、
安いものはインクが無駄に出まくって、
すぐに使い切る仕様になっていた。
ノートとかペンとかは本当に40~50セントくらいの
違いでしかないのだけど、その差がそれこそ
雲泥の差ってもの。
 
まあ、そんなこんな。

2010年1月20日水曜日

新しいシェーバー

新しい電動シェーバーを買った。
 
日本から持ち込んだブラウンのポケットタイプの
刃(直接肌に当てる部分)に穴ができ、
こっちに来てから最初に買ったのは
またもブラウンのポケットタイプだった。
前のが自分に好評を博していたから。
 
で、それに再び穴が開いてしまったとき、
代えの刃を探したのだが、
ポケット用のはなく、
かつ、他の替え刃の値段からするに、
仮に存在していても新しいのを買ってしまえる
くらいの値段だろうということもあって、
すんなり新しいのを探すことに。
ただ、今度は替えの刃があるタイプにしよう、と。
ただ、そうするとやはり本体の値段もそれなりにする。
最低39ユーロからか‥と、ふと棚の隅に
目をやるとそこにはわずか9ユーロのシェーバーが。
おまけにすでに替え刃も付属しているという充実ぶり。
もちろん以下に述べる「ライン」のことも
頭では考えたが、9ユーロだったら
試す価値はあると思って即決、買って帰る。
 
が、これがやはり9ユーロもの。
まず、痛い。
痛いのにあまり剃れない。
痛くて剃れないのに音がうるさい。
痛くて剃れずうるさいのに充電に時間がかかる。
痛くて‥(中略)‥のにコードをつないでの
使用もできない。
が、それでも人は慣れるもので、
そもそも自分はあまり髭の濃いほうではないこともあって、
これはしばらく使っていた。
で、こういうものに限って、刃に穴が開かなかったりする。
 
が、そろそろやっと気になって、
新しいの買おう、と。
正直シェーバーのせいで、
1日だったら髭そらなくてもいいか、的
習慣が出来つつあったので本末転倒というか。
そりゃ、暗けりゃ分からないだろう、とか、
こっちの人は結構髭が濃い
&もじゃもじゃから無精髭っぽいものまで、
割とまあ、おおらか?な感じだとか、
思ったりもしたものの、
自分がそうだとどうも人は
そうは見てくれないような気がしていたから。
ベルリン人は人を見ないように見るのが得意。
趣味は人間観察という人が多いように、
結構、見ていないようで見ている。
聞いていないようで聞いている等々。
 
さて今度のはパナソニック。39ユーロ。
ブラウンは高いからパスした。
フィリップは3つの丸の刃が
自分はイマイチ信用できなかったというか、
やっぱ、こういう形のやつが欲しかったのでパス。
パナソニックのこれが条件にピッタリだったというわけ。
パナソニックは刃の形を統一しているようで、
替え刃がいくらでもありそうなのも決定打。
 
さっそく使ってみた。
痛くない。
もう、何と言うか、痛いのが剃れていると
脳みそが勘違いしているくらい、
前の剃刀は酷かったんだと分かった。
かつ、静か。
これは大きい。
まあ、騒音と近所迷惑には色々あって、
そういう関係から(多分いつか話題にする)。
でもって良く剃れる。
なんか、久しぶりに自分の素肌を見た気分がした。
 
あとは刃に穴が開かないことを祈ろう。

2010年1月19日火曜日

4人目の‥

さて、返事が来ないと言っていた
もう一人の論文審査委員会の構成メンバー予定者。
あの後秘書の人と連絡を取ったら、
すぐに返事が、本人の方から来て、
委員会に参加していただけることが決まった。
これで4人目が決定。
一応、教授に言われた分のメンバーは集まった。
あと一人は学部がランダムに選んでくるのか、
やはりもう一人自分で決めなくてはいけないのか、
教授に連絡とってみることにする。
 
で、あれよあれよと上手くいったので、
むしろ論文の最後に付けるよう言われた
用語集の方の原稿がまだほとんど手付かず。
A4の紙15枚分くらいの軽い下書きは
手元に出来ているのだが、
きちんとやるとなると、もう一度論文本体を印刷して、
漏れがないかしっかりリストアップする作業が欠かせない。
これは面倒なもので。
その一方で冬休みから始まった
脳の「読み」モード化も著しい。
最近は読む方が異常にはかどっていて、
これを「書き」の方にシフトチェンジするのも
なんというかもったいない、というか、
でもまあ、やらないと終わらないし、
ということで、多分これからするだろう。

雪に砂と塩

ベルリンでは雪が積もると、
第一段階は雪かき車が車道及び歩道を雪かきする。
続いて、第二段階に塩及び砂を撒く(歩道)。
塩は雪を溶かすため(凝固点降下の効果)。
砂は滑り止めのためである。
日本でも北海道とかではやっているという話だが、
新潟出身の両親には馴染みがなかったらしく、
となるとその様子を書いておくのも
無駄ではあるまい、と思った。
 
砂を撒くと具体的にどうなるかというと、
こんな風に雪が砂と混じってシャーベットみたいになる。
これで滑ることはほぼなくなる。
「ほぼ」というのは、これ自体は滑らない。
ただ上の方が溶けていったり、
あるいはそれ以前に既に凍結していたとかで、
下の方にもう氷状になってしまった部分が
出てきてしまったときには、それは普通に滑る。
それだけ、ということ。
ただ、それも上が滑らないことで多少なりとも防げている。
 
また、このシャーベット状は、
溶け出すまでは別に水っぽくもないので、
ズボンとかはあまり汚れない。
泥はねしないというか。
 
これは今日、もうだいぶ解け始めた頃の写真だが、
道の端に寄せられた雪が
道の方に崩れて来ないようにする意味もあるのかも。
道側の方だけ砂なのは、
砂を撒いた雪をさらにその後で端寄せしているから
であるが、端寄せした雪の道側の部分に砂を
撒いているのもやはり見たことがあったので。
 
ちなみに下の方で凍結し氷状になった部分は
残しておくと危ないので、
最近朝早くから、市の係の人たちが
ガリガリやっている音が聞こえてくる。
今は日の出がまだ朝8時以降なので、
余裕で日の出前である。
それらはブロック状で、道の端に山積みになっている
こともあれば、基準は分からないけれど、
トラックに積まれてどこかへ持ち運ばれる場合もある。
 
最後にベルリン人の習慣について。
さすがに雪慣れしているというか、
建物に入ったところでは、
誰しもが足をドカンドカン踏み鳴らして
靴の裏に付いた雪を落とす、
この動きが習慣として身についている。
雪がきちんと落ちたかどうかを確認するなどという
まどろっこしいことはしたくないのだろう、
またなるべく少ない回数で済まそうと、
だから逆にとりあえずこれくらいやれば
確実に雪が落ちるだろうという強さでもって足踏み。
これも実際より音が重要なファクターなのだろうと見る。
 
建物に入ってすぐのところにある
エスカレーターは多分このせいで
この時期頻繁に壊れるのだろうと思う。
まあ、ベルリンのエスカレーターは
そもそもしょっちゅう壊れるものだが。

2010年1月16日土曜日

他人の口頭試問を見学する

今日は別の人が博論の口頭試問をするということで、
その見学に行ってきた。
どんなことをするのか主に心の準備のために。
前にも書いたが、博論の口頭試問は
基本的に見学自由。
 
3時開始とのことだったが、
そもそも人が来たのは15分くらいした後で、
なおかつそれから何かの準備とかってことで
一度外に出される。
で、始まったのは3時半くらいだったと思う。
それから当人による論文の概要説明、
一応20分くらいが目安となっている。
A4の紙1枚両面の話を30分くらいで話した後、
参加している教授陣5人それぞれから質問。
順に質問していったようで、
合間に何か言ったり、
論文とは関係ないという前置きで、
教授が自分の所見を述べ、
それに対する意見を聞く等、
結局それぞれ2度くらいずつは
軽く質問していたという感じだった。
 
終わったのは5時近く。
それから審査の教授陣以外
全員が部屋から出され、
教授陣は合否の相談。
15分くらい後、再び部屋に戻って、
合否発表。
その人は合格だった。
みんなで拍手。
というか、何と言うか、
最初から合格っぽい雰囲気があった。
おそらくはもうそういう合意があったのだろう。
論文自体を見たわけではないが、
話の感じからするに、
コンパクトにまとまって、
「うん、よく書けてる」と言われるような
ものだったことが推測できた。
 
主査の教授からの一言とともに
終了証みたいなのが渡され、
その人は、この後レストランで一席
(プロセッコをおごると言っていた)
とか話して、むしろそっちが気になった。
え、そういうことする習慣?
 
さて、自分が確認した限りで、
今週は哲学科だけで
3回の博論口頭試問が行われた。
さらに今度の月曜にもある。
今まで気にしたことはなかったが、
結構開かれている。
 
中身は、聞いていたもの、
思っていたものと違うところは
驚くほどなかった。
受験の頃の模試を思い出した。
結局のところ、こういったものは
「なんだ、これなら自分の家で
勉強していた方が有効に時間を使えていたなあ」
と思うためにあるものなのだろう、と。

道にゴミを捨てること

前に、例年ならクリスマスが終わると
ツリーが大量に道の端に捨てられる、と書いた。
今年は大雪のせいもあってなのか、
まだそれほどの量の塊には会っていないが、
それでもぼちぼちと↑のような状況が。
(ちなみに帰りに見たらさらに増えて、
この1.5倍くらいになっていた)。
何か、たまに窓の中にまだツリーが
見えたりもするのだけど、
いつまで飾るものなのだろう。
いつまでってのがあるのか、
今年だけ特別なのか、自分は知らない。
 
さて、ついでに粗大ゴミの話。
まあ、冷蔵庫、テレビ、ソファ、
そんなところを思い描いて下さい。
これらは、本当は清掃局に電話して
引き取ってもらうってのが
正しい処理方法らしいのだけど、
そんなことをせず、そのまま道の端に
放置していくというケースが結構ある。
中には「持っていっていいよ」という
張り紙が貼ってあったりするものも。
ソファとかは正直欲しいなあとか
思ってしまったりもするが、
タイミングが‥。
長いこと置いてあったのなら、
ここベルリンでは明らかに
犬がそこで用を足していそう。
あるいは中のクッションが雨で湿っていたり、
カビか何かとの同時入居になりそう。
そうでなくても、虫とかが出て
捨てたとか、何か理由がありそうで、
やはり思いとどまる。
 
さて、道の端に放置されたそれら粗大ゴミ。
これらはいつの間にかなくなる。
貰い手が見つかるのかもしれないし、
清掃局の人が見つけて持っていくのかもしれないし、
誰かが見かねて電話するのかもしれない。
そうでもない場合はそこに残る。
というわけで、多分もう2~3ヶ月になるが、
家の近くに冷蔵庫が置きっぱなし。
 
ちなみに前に自分の冷蔵庫が壊れて
捨てることになったときには、
どこに連絡したらいいか分からなかったので、
自力で処理してくれるところまで引っ張っていった。
約10kmの道のり。
無料で引き取ってくれる。
まあ、最初おじさんから、
20ユーロ、払えないなら持って帰ってくれ、
とか笑えない冗談を言われたが。
この時はもう道端に捨てようと
本気出して考えた。

2010年1月14日木曜日

3人目の‥

昨日、とある教授の下へ行き、対談(?)。
博論の審査委員の仕事を快く引き受けていただいた。
(なんか日本語変だな‥)
これだけだと短いので、
無駄に長く、あるいは状況が分かるように
叙述すると以下。
 
12月の上旬に審査委員になって欲しいとの
旨のメールを出したが、
まずは会って話をしましょう、
日時については秘書の方からもらって下さい、
との返事が来たのが
それから1、2週間くらいしてからだったろうか。
そのときにはもう冬休みに入っていたため
秘書の方への連絡は年明けすぐにして、
昨日13日に大学某所、
その教授の研究室へ、
との返事をもらう。
 
そこの1階は副査の教授の研究室なので、
実はもう何度か出入りしたことがあった。
今度は2階へ、である。
入ったすぐのところに秘書室があって、
やはりまずはそちらへ挨拶。
教授がまだ何かの用事中だったので、
そこでしばし待つ。
 
その後教授の部屋へ案内され、
そこでちょっと待つ→教授登場。
直接会うのは初めてだったが、
新聞のカラー面に大きな写真が出ていた
こともある人なので顔は知っている。
そのままだった。
 
向こうの用件を理解していけば
それだけでも何となく済んだこれまでとは違い、
向こうが話す、こっちも返す、
あるいは自分の方が喋ったのではないかという
くらい、聞き上手‥?話の引き出し上手?
というタイプの教授だった。
あるいはそういう話の流れだった。
で、何を話したかな。
まあ、もちろん論文の要旨を。軽く。
これまでに何度か書いたものがあったので、
それを3つとも持って行き、
こちらはその補足的な説明。
どうやら大体の感じは分かってもらえたようだ。
で、あとはこれまでの研究とか、
今後論文発表までの自分の側のおおまかな
見通しとか、そういったことを話し、
15分くらいで対話は終了。
 
委員会の人は主査、副査の人とは違い、
論文の内容に事前(正式な提出前の
参考意見とか)に関与しない模様
(もちろんこっちが強く望めば、
してくれないことはないだろうが、
それは公式の仕事ではなく、
別に頼む必要があるというか、
それは主査、副査の仕事なので、
そもそも分担からして違うということなのだろう)。
何か出来ることはないか尋ねたら、
口頭試問の2、3週間前までに
論文のコピーを一部くれるだけでいいとのこと。
つまり次に彼に会うのは、
論文を正式に提出した後で、
その論文を渡しに行くとき、となる。
で、その次に会うのが口頭試問の時、と。
そんな流れとなる。
 
さて、一つ案件が済んだので、
同じ日にメールを送ったのに、
まだ返事がないもう一人の教授の方に、
これから再度コンタクトを試みねばならない。
今度は秘書の方に尋ねてみることにしよう。
 
と、同時に、委員会のメンバーが一人決定したことを
主査・副査、両教授に報告して、
明日は別の人が行う口頭試問の見学へ。
今週は色々だなあ。

2010年1月13日水曜日

最近文字ばっか

ちょっと忙しいってのもあったと言えばあったような、
でも実は単に写真ネタ不足で、
ブログの更新も進まないというのが実情。
 
外、寒いし。
ああ、マイナス3度か、
じゃあ今日はちょっと暖かいなあ、
‥みたいな日々が続いている。
雪も毎日降って、
バルコニーの雪かきもその都度行って、
出かけるにしても道は雪だらけだし、
出かけたところで雪をかぶった
建物しか写真に収められないとなったら、
それは家に篭る方を選択するというもので。
 
新聞からの話題。
昨年のベルリンの労働者一人当たりの
平均労働時間は1455時間/年だそうで。
一日4時間、あるいは
一日8時間働くと年半分は休みとなる計算か。
ちなみにドイツ全体だと1430時間で、
もっと少ないのだそう。

2010年1月5日火曜日

ホーニッヒポメロ

久しぶりのフルーツのお時間がやってきました。
本日紹介するのはホーニッヒポメロ。
  こんな大きさで1.2ユーロ。
 
外の皮をむいた状態がこれ。
なんか、こう、宇宙から来た奇怪生物の‥、
もとい、
 
そして中の実はこんな感じ。
グレープフルーツを細長くしたような感じ。
見た目も味も。
それはそのはず、日本語では
中国グレープフルーツとかとも言うようで。
ブンタン、ザボンの一種。
つまりグレープフルーツの仲間。
「ホーニッヒ」はドイツ語で「ハチミツ」。
グレープフルーツから酸っぱさと苦味を取ったような味で、
かといって甘いかというとそれほどでもない、
そんな感じ。
 
ただ、グレープフルーツより大きくて、
しかも気のせいか、かなり腹持ちする。
何かすぐお腹いっぱいになる。
外の分厚い皮を開けさえしなければ、
結構日持ちしそうだけど、
中の皮は普通の皮なので、
ラップに包んでおいても
早めに食べねばならないのだろう。
まだあと半分くらい残っているが、
昨日からずっとこればっか食べているような
気がして、ちょっと‥。

さて、もう今週から始業(文字)

というわけで、もう今週から講義も開始。
月曜にも参加している講義がある自分としては、
今日(まあ、もう昨日だけど)から学校へ。
 
ドイツの大学の講義は、
講義といっても大体ゼミみたいなものなので、
参加者間に何となくの顔馴染みというか、
定期的に参加している人の認識というか、
そういうものが生まれる。
そういう人たちの間で
「フローエス・ノイエス・ヤール
(=英語で「ハッピー・ニュー・イヤー」)」
の言葉を交し合った。
 
ちなみに学校へ向かった11時の時点で
気温-6℃。
大体どれくらいの寒さかというと、
コーヒーを持つ手の、
持っているほう(掌)が熱いのに
外側(甲)の方が寒さで痛くなるくらい。
熱いコーヒーを持っていてさえ
手がどんどん冷えていくというわけ。
あるいは、途中水を買っていこうと
ペットボトルを持って家を出たが、
そのペットボトルが一瞬にして
凹んだ位の寒さ。
一気に結露したわけ。
 
この寒さがしばらく続くらしい。
が、それ以上に今度は雪に注意とのこと。
ベルリンは雪かきの業者を市で雇っているので、
朝早くに彼らが車道のみならず
歩道をも多少雪かきしてくれる。
先頭に回転ブラシみたいなのを付けた車が
雪を道の端の方へ掻き出していく。
さすがドイツは雪対策しっかりしているなあ、
とこれまで思っていたが、
昨日テレビで初めて知ったのは、
これはドイツでも一部の大都市のみの話しだそうで。
まあ、それでも自分の部屋のバルコニーの
雪かきは必須事項だけど。
 
というわけでまたしばらく家から出たくなくなる
寒さの到来の模様。

2010年1月3日日曜日

近況

昨日2日は、各店舗もう平常営業していた。
とりあえずスーパーで今日日曜の分まで
食料を買い込んだ。
 
今日が日曜、一応暦の上では2日まで
休暇とあったから、店が開いているかは、
ひょっとしたら、くらいの期待で出たのだが、
見事に開いていた。
休日と休日の間に1日だけ登校日があると
そこも休んでしまうという方法を、
自分は高校時代の同級生の名にちなんで
「ヤマモト式」と呼んでいるが、
ベルリン人にはまったく馴染みのない方法だった
ということが実証された。

今年の予定(研究関連)

それでは、新年にもなったことだし、
今年のこれからの予定。
自分の研究関連で。
 
・1月
まずは論文審査委員会のメンバー集め。
必要なのは全部で4人らしく、
内2人は主査および副査の教授で決まっている。
あと2人を見つけねばならない。
といっても一から自分で、というのではなく、
自分の場合、教授が推薦してくれた
候補の教授がいるので、彼らに頼みに行く。
もし引き受けてくれなかったら、
また主査の教授に連絡することになっていて、
その時はまた別の教授を紹介してくれる、
と言ってくれていたので、ホントありがたい。
 
一応、12月もまだ頭の頃に2人にメールを書いたのだが、
一人は未だ連絡つかず、
もう一人からは、まずは話し合ってそれから、
とのことで、週明けに秘書の人にメールを送って、
話し合いの日時のアポを取る予定。
 
・2~3月
論文審査委員のメンバーが構成できれば、
そのメンバーが口頭試問のメンバーであるので、
論文の正式な提出が可能となる。
 
大した仕事ではないが、
論文中に記号や特定の語を用いているので、
記号に関してはその意味、
特定の語に関しては巻末用語集のようなもの、
をそれぞれ付けるよう言われたので、
この時期までにそれらを完成させる。
論文本体はもう完成と一応の太鼓判は押された。
参考文献のリストを充実させてもいいかも。
 
・論文提出から3ヶ月後
論文提出から口頭試問まで
3ヶ月時間を空けることになっている。
まあ、教授が論文を読むための時間、
ということで。
その前までに多分もう読んでいるのだろうけど、
これはそういう決まり。
で、提出3ヵ月後に口頭試問。
20分間、自分で論文の要旨を述べた後、
質疑応答をして、
その場で(何分か後)合否が言い渡される。
ちなみに口頭試問は原則誰でも見学可能。
自分の試験までにも誰かの試験があるであろうので、
見に行こうかと思っている。
 
ちなみに口頭試問は、
失敗した場合、再試験を3ヶ月以内に
受けることが出来る。
ただし再試験は1度のみ。
つまり2回落ちてしまうと、
その論文で博士号は取れない。
別の論文では再チャレンジ可能。
 
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ということで、理論上の最短は5月、
だが、何やかんやで6月と教授は言っていた。
すると最長(?)は9月ということになる。
ビザの期限が8月までということは伝えてあるので、
それ以内に調整してくれるだろうとは思う。

2010年1月2日土曜日

あけましておめでとうございます

さて、ちょっと前の記事でも書いたけど、
ベルリンの新年は花火(かなり爆竹的)で始まる。
↑はあくまでその片鱗。
実際はもっと打ち上げ花火っぽいものも上がるのだが、
なかなか写真には収めることができなかった。
こればっかりは一瞬なもので、
予測しながらシャッター切らないといけないし。
30枚くらい試して、一番良かったのを上げたが、
満足とはほど遠い=実情を伝えているとは言いがたい。
 
こういう花火を、公園とか広いスペースのあるところ
ではなく、街中の通りでやるので、
この日は消防車・救急車の仕事も朝まで尽きない。
自分の住んでいるところの近所にも、
例年通り朝までに複数回、
消防車なのか救急車なのか、が来ていた。
 
ただ、今年は、雪のためなのか、
ニューイヤーの瞬間前後に上がる花火は
かなり短時間のうちだけだった気がした。
その代わり昼間っからずっと引っ切り無しに
どこかしらからバンバン(というかドカンドカン)
鳴っていたというのはあったが。
 
今年はクリスマスのあとに日曜日、
すぐ新年(ドイツでも元日は祝日)、
そのすぐあとにまた日曜、
となっているためか、
はたまた、やはりこれも雪のためか、
街は結構静かであり、
どことなく日本の正月休みに似た
マッタリ感がある。
これはやや特別なので例年の話をすれば、
ベルリン人は大晦日に飲めや騒げや
やったあと、元日休んで、
もう一気に正月から抜ける。
そんなわけで、正月気分というものは
ここではあまり感じない。

あの時ぼくらは大晦日だった頃のベルリン

っていっても自分が住んでいるごく近所の様子だけど。

30日から積もりだし、
大晦日にはご覧の様子。
その中でベルリンは今年新年を迎えた。