2012年11月15日木曜日

郵便物の届け先変更届

少しだけ最近の習慣から遅れ、夜10時半に就寝。
目覚ましは翌朝4時半にセットしたものの、
結局1時半に起きて、これでは早過ぎるからと2度寝、
最終的に起床は2時半だった。
 
幸いにして丁度お腹も空いたことだし、
と持って来た食べ物を食べる。
中には既に痛んでいたものもあった。
普段なら大丈夫だろう、と思うレベルだが、
この日は慎重に捨てることを選択。
食べつつホテルのアンケートに記入したりしていた。
 
その後郵便物の届け先変更届を書く。
 

写真の様になっていて、
郵便局の窓口に行けば買うことが出来る。
15ユーロくらいだったはず。
中には必要事項を書く紙と書き方の説明、封筒が入っており、
説明に沿って必要事項を記入していくだけ。
それを封筒に入れて、どこでもいいのでポストに投函すればよい。
それで半年間、郵便物が自分の新住所まで転送されてくるはず。

2012年11月13日火曜日

InterCityHotel

自分が前泊したのはインターシティホテルという
シェーネフェルト空港から200mの所にあるホテル。
着いたのが20時半、出たのが翌6時で
外観の写真は撮れなかったので、今回は珍しく内装を。
 
とにかく空港に近いのが今回の場合高ポイントだった。
一泊69ユーロだったが、本来クレカがあれば、
それを使って事前予約が出来、
そうすれば10ユーロほど安くなったはずだった。
チェックイン、チェックアウトともレセプションの応対が友好的。
非常に好感が持てた。
朝食は別料金。自分は持ち込んだ食べ物が
むしろ食べきれないほどだったので朝食は頼まなかった。
が、階下のレストランが朝食の場なのだとすれば、
結構いいものが食べられたような。あくまで印象。
部屋ではテレビも見れる。
見なかったが、NHKなんかも入ったようだ。
空調完備。裸でも過ごせるくらい快適だった。
 
まあ必ずしも良い所ばかりではない。
例えば途中の歩道は舗装が悪く、荷物が転がし辛かった。
ほんの少しの距離だけど。
シャワーなのだが、下水口から少し変な臭いがした。
これも割と換気次第だけど。
ドライヤーはあるが歯ブラシはない。
持って来ておいて正解だった。
あとこれは自分の部屋だけなのか、
そもそもそういう仕組みなのか、
あるいは自分が仕組みを理解できなかったからなのか、
ともかく一向に部屋の鍵がかからなかった。
朝方、チェックアウト前に一度ゴミを捨てに行きたかったが、
鍵がどうしてもかからず断念。
で、その時に気付いたのが、
実は外から誰でも自分の部屋に入ることが出来たのだという事実。
自分がカードロックの使い方を良く分かっていないせいの可能性大だが。
ここはカードが無いとエレベーターも使えず、
フロアに上がってこれないので、
何かあったとしてもそんなに困ることはないだろうが、
不用心であることは不用心。
何泊か泊まるのだったらすぐレセプションに掛け合ったろう。
あと使うことはなかったので無視したが、
セーフティーボックスも電源が入らなかったなあ。
ちょっと問題のある部屋だったっぽい(笑。
 
それ以外に不満はない。
シェーネフェルト空港のチェックインが原則2時間前ということを
知っていたら、もっとゆっくり出来たことだったろう。

帰国前日(10月30日)午後

正午くらいからは洗濯に行く。
一回1.5袋強が目安のところ、3袋くらい洗濯物が溜まっていた。
仕様がないので1.5袋分は捨てることにする。
どうせもうだいぶ着た服とかそんなのばかりだったので。
 
洗濯が出来上がる40分を使ってスーパーへ。
母親が直前に簡単なお菓子を所望していたので、
それをいくつか買いに行ったのだ。
丁度ポイントで7ユーロ分溜まっていたスーパーがあったので、
それを使い切るためにも。
コインランドリーに戻り、珍しく乾燥機を使う。
この日は雨だったし、自然乾燥させている時間もなかった。
面白いことに15分かけたら全然効き目がなかったが、
もう15分かけたらほぼ完璧に乾いていた。
 
このスーパーでのお土産をもっていよいよ荷物の全体量が決まった。
が、どう考えてももう一便荷物を送らねばならないようだ。
そんなわけで郵便局に段ボールを買いに行く。
そのついでに銀行の口座を解約しにも行くが、
契約証書、カードと揃っていながら、
身分証(パスポート)が必要なのだと言われ取りに行くことに。
こうしてもう一度銀行に行って口座解約。
預金額を現金で受け取る。
この後荷物を送って、ホテル代を払い、
場合によってはかかる飛行機の荷物重量超過分の料金、プラスαを
考えても我ながら計画的な残金だった。
帰りがけに中古電子機器屋(っぽいが実は割と何でも屋)に寄り、
プリンターを引き取ってもらえるか聞いておく。
 
帰って二通程手紙の印刷。
一通はモデム返送に添えるもの、
もう一通は電気のメーターの値を電力会社に知らせるためのもの。
最後のメールチェックも終えたら、
いよいよモデムも接続からはずして荷造り。
プリンターとそれやモデムを置いていた台を
さっきの店に持って行って引き取ってもらった。
 
全ての荷物を徐々に玄関の間の方へ移動させ、
部屋に掃除機をかける。
この時点で電気メーターが最後どのくらいの値になるかは
大体分かるようになるので、それを記入して手紙の封を閉じる。
こうしてお土産、モデム、電力会社への手紙を郵便局へ。
送り方が全部違う。
お土産は国際小包、モデムは着払い、手紙は普通郵便。
そんな事に気を取られてか、住所変更届けを買うのを忘れてしまった。
これは夕方以降またこの付近を通った時に買った(詳しくは後述)。
 
パソコンを袋に入れようとして気づいたが、
このケースは日本から持ってきたもので、
僕はドイツでパソコンを買い替えたのだが、
その時どうやらワンサイズ大きいものにしていたらしい。
そのケースに入らない事が分かり、急遽カールシュタットへ。
 
そんなこんなしながら荷造りを終え、
玄関の空間も掃除機をかけ、
机、椅子、ランプはZu Verschenkenで外へ。
掃除機と洗濯物干しは同じくZu Verschenkenだがアパートの廊下へ。
掃除機は紙袋もあって、雨に濡れては難だろうから。
貰ってくれる人はいたか分からないけれど。
 
もう何となく想像は着くと思うけど、
この時点で16時なんてとっくに過ぎていた。
荷物運びに使っていた台車と踏み台のような椅子を持って
このブログですっかりレギュラー化しているアラブ人の所へ。
彼とも最後の挨拶を交わした。
前日大量に食べ物・飲み物を貰っていたので、
今日は頼まず貰わずで。
家に戻ってみるともうランプは誰かが持ち去った後だった。
 
最終的な荷物はスーツケース、パソコン、
食べ物や種々の道具を入れた袋の3つとなった。
最後の点検をし、電気を消し、部屋を出て鍵をかける。
鍵はポストに投函する。そして外へ。
 
結局大家さんに直接会って鍵を渡す時間は無かった。
シェーネフェルト、今日泊まるホテルへ向かった。
 




写真は最後の荷物を外に出す少し前の部屋の様子。
空っぽだ。

2012年11月12日月曜日

帰国前日(10月30日)午前

いよいよ迎えた帰国前日。

7年半暮したこの部屋に別れを告げる時が迫っていた。
 
この日は朝3時起き。
これは別に早起きしたわけではなく、
飛行機に合わせた生活調整の結果であって、
自然にこの時間に起きた。つまりはいつも通り。
 
軽く朝食を取ってから、
アパートの住民が起きる前にやらねばならないことをやる。
マットレスの処理だ。
リサイクル場の話をするとドイツ人(アラブ人含む)は皆、
そんなことわざわざやんないで
普通にゴミの横に置いときゃいいんだよ、って話をする。
本当はいけないような気もするが、
今回ばかりはそうさせてもらうことにした。
丁度階下には別のマットやベッドが立てかけてあって、
そこに数日前からさらに小さな机が、
そして前日には食器洗い機が加わっていた。
そこに忍ばせておいた。
 
そして街が暗がりの中にある内にやっておきたいことも。
「Zu Verschenken (=差し上げます)」と書いた紙を張って
通りの邪魔にならない所に、要らなくなった、いや、
誰かが必要としていそうなものを出すこと。
まずは中が片付いた本棚から。
これはちょっと凄かった。
街が明るくなった時には既にその場から消えていたのだから。
もう誰かが見つけて持っていったのだ。
これは俄然Zu Verschenkenをやる気が出てきた。
だがゴミの整理をしている内に街が白んできた。
このZu Verschenken方式も正攻法である自信がないので、
ここでひとまず打ち切る。
 
ゴミの整理。
すなわちもはや捨てられるものは明白なので、
全てゴミ袋に入れていく。
「一応」なんて思って取っておいたものは結構ある。
そういうものはどんどん捨てていく。
この日合計では25袋くらいゴミを出したと思う。
物もそうだが、掃除の結果出るゴミもある。
別に大家さんによるチェックはもう終わっていて、
最終日だからといって何かがあるわけではない。
だから掃除もしなくてもいいのかもしれない。
が、そこは立つ(発つ?)鳥跡を濁さず、か。
どの道後で清掃業者が来るんだろうが、だとしても。
 
朝早い内はこっそりと、いや、静かに、
日が明けてからは堂々とゴミをコンテナに入れに行く。
そうでないと玄関から外に出られなくなるんで。
コンテナには意外に物が入る。
週明けとか溢れていたあれは何だったんだ。
 
基本は一部屋片付け→掃除。
キッチン→ベランダ→バス・トイレ→部屋→玄関の順。
あった物は捨てるか移すか。
キッチンは朝食さえ済ませてしまえばもう使うこともないので
午前中の早い段階で片付いた。
バス・トイレの掃除はタイミングが難しい。
着替えて外に出ようとすればその前にシャワーだが、
掃除するとまたシャワーを浴びる必要が出るかもしれない。
ベランダの掃き掃除を終え、カーテンを取り外し、
付けていた網戸をはがし、トイレや洗面台掃除まで終えた後でシャワー。
その後バス用品やシャワーカーテン等を処分、
そして風呂場の掃除。
 
そんなところまでが午前中。続く。

帰国前日のための基礎知識

いよいよ帰国前日となったが、

ここで予備知識の確認。
 
なぜ前日だというのにそんなに忙しかったのか。
それは前日にならないと片付かないものが存在するから。
 
例えばマットレス。
ベッドはさすがにこの日までに処分を終えているにしても、
床に寝るわけにもいかない。
そして布団なしもどうなんだってことになるから、
少なくとも掛け布団、枕なんかもまだ要る。
 
外界との接触手段がネットだけなら
最後の日までモデム等が手元に必要だし、
何かと書面による社会であるドイツでは、
何かあった時のため、プリンターもギリギリまで手放したくない。
何かする机も必要なら椅子だって必要だろう。
 
食べるために最低限のものは要るし、
バス・トイレの道具も要る。
 
最後の掃除(これはしなくても良さそうだが)をするための
道具も一式残しておかねばなるまい。
 
正直言うと、色々捨ててきたにも関わらず、
帰国前日だというのに起きたらちっとも部屋が片付いた印象がなかった。
これを一日で全て撤去しなければならない。
 
タイムリミットはというと、
大家さんは18時から20時を何かの時のための時間に取ってあるようだ。
この時間彼女は家に居る。
その間に鍵を渡しに行きたい。
大家さんの所からシェーネフェルト空港までバスですぐだとしても
荷物を沢山持って歩くのはあまり得策ではない。
一度ホテルにチェックインして荷物を置いてからになるだろう。
となると16時くらいには家を出たい。
そう、意外に時間はないのだ。
 
そんなわけで、次回から前日の話。

10月29日(帰国前々日)後編

やっと自分用のネット回線も手に入れた。
これからは割と自由にこのブログも更新できるだろう。
あと数回だが。
 
前回、副査の教授に挨拶を終えたところだった。
そこから急いで自宅まで戻り、この日3度目のリサイクル場へ。
解体したベッドの残りを運びに、である。
 
この3度目の運搬により、
僕は当面木製のベッドはもういいや、と思うようになった。
その顛末は下記のようなものだ。
 
まずベッドを構成する内の長い側面の木、2本。長い、重い。
これはビニールテープでグルグル巻いてまとめた。
これが脇に抱えるには細く、手で掴むには重い。
肩に乗せるにもやや長い。
場所場所でこの3通りの運び方をしたが、どうも安定しない。
 
これと同時にマットレスの下に敷いていた枕木も運んでいた。
こちらは両サイドから買い物袋をかぶせて、
中央で取っ手を下は結んで、上は持つ形にして、
スポーツバッグみたいな状態にした。
 
この二つを疲れたら持ち手を変えつつ、リサイクル場まで運んだ。
これまで色々運んできたので無駄に自信だけは付いていたせいか、
予想していたより時間がかかって、
着いたのはリサイクル場が閉まる少し前だった。
途中取っ手は切れたりして、運ぶのに支障をきたしたせいもあった。
おかげで片方の手は限界だったので、
リサイクル場までの最後の1ブロックのところで、
一つの荷物は一時的にそこに置かせてもらって、
そこから一個ずつ運ぶことにしたのだった。
一つ目を運び終え、走ってそこまで戻って、
もう一つの荷物を持って再びリサイクル場へ。
…と、お?閉まってねーか?
閉まっていた。
 
僕は自分の腕時計を5分以上進めている。
本当は5分進めたいが正確な時間は分からない。
だから5分「以上」進めている。
時計は5時4分を指していた。
だが正確ではない以上、自分の時計が間違っている可能性もある。
しかし体力的にも気力的にも、
ここからまた持ち帰るなんてことは思いたくもなかった。
大体なんでこんなに時間キッチリなんだ。
自分は時計が正しい事を信じることにし、
木は門の横に置いて帰ることにしたのだった。
 
こうして家まで戻った後、
今度は様々なものの処分を開始した。
引き取ってくれる約束をしたアラビア人の元へそれらを運ぶ。
ゴミではなく一応使えるものばかりだが、
ゴミのようなものでもあって、正直悪い気もしたのだが、
2、3度運んだお礼に色々な食糧を貰ってしまった。
クスクスのサラダ2パック、ジュース2本、オレンジ1個。
(さらに1度運ぶ毎にシナモンティーを出してくれていた。計小3、大1杯。)
その上お菓子までくれると言ったがそれは固辞した。
今日はもう夜、帰っても寝るだけ。
今日明日で食べ切れるかという量のクスクスサラダだ。
おまけに家にも何やかんやあるわけで。
 
その荷物運びの往復のついでに郵便局に寄って小さい段ボールを買う。
これは明日モデムを入れてプロバイダーに返送するためだ。
 
今日はマットレスの上で寝る。
床の上で寝るのは久しぶりだったが、
寝心地はそんなに変わらなかった。
高さの違いが気になるかと思ったが、
自分は布団に入ると意外に割とずっと目を閉じているようだ。
わざわざ目を開けて高さの違いを実感した。
 
と、こんな風に長い一日だった。
そして、ゆっくりしたいなんて書いた翌、帰国前日、
この日もまた忙しい一日になるのだった。
 
続く。

2012年11月6日火曜日

10月29日(帰国前々日)中編

さて、この記事を書いている現在、僕は日本にいる。
そう帰国してきたのだ。
今は借りたパソコンの借りた回線で記事の更新をしている。
OSは1バージョン新しいのにブラウザは1つ古い、
そんな環境から実験的に更新。
 
前回の記事の続きを書こうと思うが、
まずが何があったか…。
この前々日、前日、そしてもちろん当日、
と色々なことが重なりすぎて、
その忙しさを伝えるべくすべてを書きたい、
だがすべてをもう覚えていられないくらい忙しかったのだ。
書いた後で書き忘れに気づくだろう、
そんなことが書く前から分かる、そんな気持ちだ。
 
話は帰国前々日、その日2度目のリサイクル場から
帰ってきたところだった。
帰ってきた僕はシャワーを浴び、着替え、
副査の教授へ挨拶に向かった。
準備1時間、電車45分、といったところ。
副査の教授のいつもの部屋へ着いたのは3時15分くらい。
…が、部屋に明かりがついていないしドアも閉まっている。
居ないので上階にいる秘書の人に聞いてみようと思った。
この人は教授の秘書ではないが、
同じ建物内(そして割とこじんまりしている)、
何か知っている可能性は高いだろう。
だがここも呼び鈴の名前がちょっと変化していて2つあった。
何だ?どっちだ?とか思っていたら、中から人が出てきた。
論文審査委員の内の一人だった教授だった。
向こうはこっちのことを覚えていてくれて、
予期せず挨拶だけだがした。
その後秘書の人に聞いたら、
副査の教授は今学期別の部屋で活動中とのこと。
なのでそこへ向かい、挨拶をする。
例によってワイン持参で。
 
僕はワインを持って行っただけで、
別にこれが習慣とかそういうわけではないので誤解なきよう。
主査の教授のワイン好きはちょっと知られていて、
副査の教授はそもそも飲む人かも分からないが、
まあ自分で飲めなくても誰かにあげれば…とか。
ワインが楽なのは自分がお世話になった年数を表せること。
それぞれの教授に自分がお世話になり始めた年の
ワインを渡したのだった。
多分向こうは気づかなかったとは思うけれど。
 
副査の教授ともちょっと喋って、
我ながらいい挨拶ができた。
これで挨拶回りは終了。
 
午後3時半。
まだリサイクル場(午後5時まで)にもう一度行く予定があった。
だからこれが自由大の見納めとなったが、
そんなに感傷にもひたってはいられない。
再び家へ。
 
続く