2009年7月7日火曜日

さらに

行くと、ユダヤ博物館。日本語で何て言っているのかは知らないけど。
追記:そうか、こう書くと別にあるユダヤ人博物館と勘違いされるかも。
これはノイエ・シナゴーグという方。

今日はそこから

ぐっと南下し、フンボルト大のとある図書館を目指す。
せっかくなので歩きがてら写真を撮る。
前にノルト・バーンホフから見えた尖頭の正体。

ベルリンの壁跡、ふたたび

ついこの前にここの壁跡に来た時は、単にそれだけ、
と済ませたのだけど、
その後、語学コースの参加者でここに行ったという人から、
ここはベルリンの壁が幾重にもなっていたことを残す唯一の壁跡だ、
ということを聞いたので、もう一度。
記念館にあるタワーに登って、上から写した。
これ以外にそれらしいのは見当たらなかったし、
みんなここの写真を撮っていたので、これがそうなのだろう、と。
 
ここに来たのは今日月曜の朝10時半。
小学生から中高生、普通の観光の人、老人たちまで、
やたら人がいた。まあ、そういうシーズンなので仕方がない。
二つ前の記事のSバーン駅跡前を歩いている人たちも、
ここに向かっていた。降りて行ったら人だかりはさらに増えていた。

別に大した話でもないけど

そこからまたベルリンの壁跡まで行く途中。
前にビーチバレーのコートの話をしたけど、
その補足。同じ場所。この写真の方が分かりやすいかと思って。

この間の補足~奥じゃない細くもない道

前にノルト・バーンホフの前の緑地の話をした時、
そこの掲示も上げておいたけど、それに関連しての話。
 
ここは昔ベルリン最初のSバーン駅が出来たところ。
東西分裂やら何やらあって、今はこの建物が残るばかり。
前に来た時はもう全部取り壊されたと思ったのだけど、
その後市内無料紙の記事で、ここのことが取り上げられていて、
それで改めて今日来てみた。
 
ちなみにその記事によれば、ここへの修繕費はもう出てないのだそう。
従って荒れ放題。っていうか、カーテンかかってる。誰か住んでんのかも(笑。
 
まあ、どの建物の修繕費・維持費にどれだけの予算を割くか、
ということは非常に政治的な話。
ツォー駅の前にある記念教会にはほとんどお金が行かないのに、
どこぞの年に数回しか使われていないホールがやたらと税金をせしめていたり、
フンボルト大の建物のカビ害が酷いのに、これにもまたお金が回らなかったり‥。
 
メルケルは総じて旧東より旧西側の建物に予算を回すって話を前に新聞で読んだ。
色々あるのだろう、と。

2009年7月5日日曜日

研究の現在

一応、一通りの原稿は教授に渡し終え、
今は教授が読み終わるのを待っているところ。
 
その後、再び面談をして、
色々言われるのか言われないのか、
まあ、まだ分からないけど、
そういうのがあって後、手直し及び、軽めの結論と文献表を追加、
という流れ。

論文の審査担当の教授をもう一人見つけなければならないのが
唯一と言えば唯一の不確定要素。
ちなみに先学期、今学期と該当する教授無し。
それが見つかればもう終わったも当然なんだけど、さて。

注釈は結局、30ページ分以上新たに書き添えた。
っていうか最初から注釈にするつもりは無かった。
‥というとアレなんで、つもりが無いことも無かった。

そんなこんなで、多分今度の水曜のゼミの時には、
教授が面談日を指定してくるのではないかな、と、
今はそんなところ。

文字だけ近況

下でも少し触れたように、
今の時期のベルリンは暗くなるのが10時を回るくらい。
部屋の電気は大体9時から9時半の間につける。
(自分はデスクライトをつけているからでもあるけど)。

ここのところはずっと暑くて、30度くらいの気温。
おまけに蒸し暑い。
「カラッとした」気候のはずで、
蒸し暑いのは「異常」なはずでもあるのに、
自分がこっちに来てからというものの、
それほどカラッとした夏という記憶はない。
そりゃまあ、晴れてはいるし、
多分それでもカラッとはしているんだろうとは思うけど‥
出来ればもう少し、みたいな。